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賢者の先見の言は、愚者の戯言の様に聞こえる。
- 2007/11/29(Thu) -
 定年退職間際の英語の先生がいる。「かなりボケてきた」と豪語する先生だが、やはり教師歴30年の強者。名言の発生率や教え方の確立がハンパない。
 「英作文は英借文。」
 「中1の文法で大学に入れ。」
 「意味さえ通れば何でもOK。」
 「人生は常に多くの選択肢を残しながら歩め。」
 ちなみに今までで一番強烈な名言は「その訳は若干意味不明」。先生、意味不明に若干もクソもありません!

 そんな先生が昨日久々に朝礼に出て語ったメッセージ。

 「ケチな人間にはなるな。」

 これは、70年前我が学校を創立して以来、20年近く校長を務めた初代校長の言葉らしい。
 単に「守銭奴になるな」という意味じゃない。もちろんその意味もある。

 「金があれば贅沢できる。」「金さえあれば何でも買える。」

 そう囁く大人が多い中、その初代校長は、そして、先生は「金に捕らわれるな」という。寄付をしろ、とか、贅沢な暮らしをするな、とかいう意味じゃない。金の為に、他人や、自分を犠牲にするな、という意味だろう。

 「義を貫け。損をしてでも、いい事をしろ。」

 損をしてでもいい事をする。それを人が愚かと言っても。

 与えられた仕事が、どんなに見返りが大きくても、人として間違っているなら、そんな仕事をするな。関わっている出来事が損しか生まない様な事でも、それがいいことなら、見返りが何もなくたって、自分から進んで関わっていけ。

 それは、得せず損する事でも、徳になるならそれをしろ、ということになる。

 このことを、初代校長は先生に伝えた。先生はそれを俺たちに伝えた。俺はそれを、誰かに伝える。

 ただ、実はその精神は、学校生活を通して徐々に俺の中に、俺たちの中に形作られている。

 たとえ、人に愚かといわれようと。よい人であれ。

 何がよいか、を見極める事が、まず一番大事なんだろう。一生かけて、いい人になれるように。…なれたらいいな。

 「お前達は、高校生です。ですが、ただの高校生ではなく、この学校の生徒であってください。それは学校に在籍しているか、の問題ではなくて。ケチな人間には、なるなよ。この学校の生徒であってくれ。」
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